生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

中小企業の働き方

このシリーズでは、中小企業の多様性(ダイバーシティ)をテーマに、社会環境が激変するなか、中小企業経営にどんなパラダイムシフトが起こり、私たちの暮らしやビジネスがどのように変わるのかを全6回にわたって読み解いていく。

第1回は、これからの中小企業の働き方に必要なマネジメントの実践などについて、従来の枠にはまらない組織づくりで知られる「アトラエ」代表取締役CEOの新居佳英氏に話を聞いた。

人口減少に伴い、日本の生産年齢人口が減少している。公益社団法人日本生産性本部によると、日本の時間当たり労働生産性は主要先進7カ国中最下位だ。IMF(国際通貨基金)による日本の1人当たりのGDPは、同じく主要先進7カ国中6位。意欲ある社員が無駄なく働け、生産性を上げるために、経営者に何が求められるのか。

―― 産業構造の変化と管理型マネジメントの限界

平成元年、世界企業の時価総額トップ50社には、日本企業が32社ランキングされていた。ところが平成30年には、一社がランキングされているのみだ。

「この30年間で、産業構造は大きく変化しました。製造業に加え、知識産業が中心になってきたのです。一方で、日本では企業の働き方に対する考え方が変わっていない。これが、日本企業の衰退の大きな原因だと考えています」

産業構造が変化すれば、求められるマネジメントも変化する。例えば高度経済成長期では、上司が部下をしっかりと管理し、オペレーションを効率化させ、ミスが生じないようにする管理型マネジメントが生産性向上につながった。しかし、現代の産業構造の中では、創造性や革新性のある仕事内容が多くを占めるようになり、管理型マネジメントでは働く人間の足かせになりかねない。それよりもむしろ、働く人間が意欲を持ってクリエーティビティを高められるマネジメントが必要となっている。上司から部下へ命令を下すのではなく、裁量権を現場に託し、その現場が自主性を持って能動的に動けるようにする自律分散型のマネジメントが生産性を向上させるのだ。

―― 強い組織つくりにおいて重要なエンゲージメント

その大事な要素として新居氏が提唱するのが、社員のエンゲージメントを高め、「働きがい」を生み出す組織作りだ。エンゲージメントとは、日本語では、「組織や仕事に対する自発的な貢献意欲」「当事者意識」と訳される。

「強い組織つくりにおいて、エンゲージメントは重要な要素です。ところが、日本ではこの概念がまだ浸透していません。日本企業が長らく大事にしてきたのは、職場環境や給与、福利厚生などへの満足度を示す『従業員満足度』です。従業員満足度を上げれば、『働きやすい』企業となる。これらは不満を減らすのには有効ですが、生産性を向上させ、クリエーティビティを上げることにはつながりません。一方で、エンゲージメントが高い状態を作り上げれば、企業の規模に関係なく、社員は働きがいを得られ、自らが知恵を絞り、能動的に動くようになる。つまり、自律分散型のマネジメントが可能になるのです」

エンゲージメントは、「これをすれば高まる」といった方程式があるわけではない。高める方法は、企業が属する業界、事業モデル、カルチャー、経営者の特性などによって異なる。たとえば、新居氏が率いるアトラエでは、肩書を一切排除した「フラットな組織」つくりをしているが、すべての企業に当てはまるものではない。必要なのは、経営者が自らの企業におけるエンゲージメントの高め方を模索し、独自の解を見つけることだ。

「そもそも経営者自身が、社員が働きがいを持てる企業を本当に目指そうとしているのか?そこが大前提です。私が講演などでよく話すのは、将来、息子や娘が一社員として自分の経営する企業への就職を希望した時、胸を張って『最高のところだよ』と言えるような組織つくりをしているかと言うことです。今までと違うことを、頭の中をがらりと変えて取り組むのは困難です。しかし中小企業だからこそ、組織を変えていくことは難しくないと思っています。大企業と比べて社員数が少なく、利権が散らばっていないからこそ、変化しやすいのではないでしょうか」

―― テクノロジーを活用し働く環境を整える

では、経営者は何から始めるべきか?

「100%やらなければならないのは、経営者が社員と向き合い、知ろうとする努力です。何を目指し、どうやったら社員のエンゲージメントが向上し、働きがいを持てるのか? 価値観は社員それぞれです。経営者が社員全員と話し状況を知るべきです」

新居氏は、「企業はチーム」だという。これまで日本企業は、社員の向く方向がバラバラのところが少なくなかった。「生活のため」「自己実現のため」「社会貢献のため」「企業のビジョン実現のため」など社員が掲げる目標がバラバラであれば、当然、強いチームになりえない。経営者が全社員とのコミュニケーションを密に取ることは、課題を明らかにし、解決することにつながる。経営者と社員の距離が近い中小企業であれば、より迅速に進むだろう。労使という関係にこだわらず、信頼感を醸成する。それが結果的に、全員が同じ目標を持つ強いチームにつながる。

ここで重要になるのが、情報の共有だ。企業を一つのチームとして考えた場合、市場の動きや競合などさまざまなデータを経営者だけが持ち、現場に指示を出せばいい、とはならないだろう。

「電話とファックスしかなかった時代は、一ヶ所に情報を集めて経営者や上司がその情報を処理し、現場に指示を出すのが合理的でした。しかし今は、違います。テクノロジーによって、現場同士がすべての細かい情報をリアルタイムで共有できるようになった。全現場で情報が簡単に共有できるテクノロジーを活用しない手はない」

そうはいっても、中小企業の経営者の中には「何を導入すればいいか分からない」と、テクノロジーの導入に積極的になれない人もいるだろう。

「その場合は、社員の中でテクノロジーに詳しい人を探せばいい。必ずいるはずです。彼らは『こうすればいいのに、言っても聞いてもらえない』と、黙っていただけかもしれません。そういった社員を見つけたら、『問題が起きたら責任は自分が取るから自由にやってくれ』と伝えるのです。私の会社でも、どういったテクノロジーを導入するかは、現場が決めています」

社内のさまざまな要望を集約し、ツールやデバイスなどIT環境の整備を進めることは、仕事の迅速化やコスト減にもつながる。チャットシステムがいい例だ。アトラエでは社員の提案で、社内のやり取りはチャットシステムを活用。メールよりもはるかにスピーディーに情報を共有できるようになった。ミーティングもペーパーレスのため、余計な印刷の時間やコストがかからない。

一方で、口頭のやり取りなど音声ベースのコミュニケーションと比べると、チャットシステムによるテキストベースのやり取りでは、ミスコミュニケーションが起こるリスクが心配だ。

「確かに、文章が直接的過ぎて関係性に影響が出るケースなどが考えられます。しかし、これは解決できる問題。会社は一つのチームであり、同じビジョンを実現しようとして集まった大切な仲間同士。日頃から信頼し、信頼される関係性を作ろうと努力し続けていれば、大きなトラブルにはならないでしょう」

―― 多様な働き方を可能にする

現代は、多様な働き方が求められる時代。男女関係なく、介護や子育てなどで、1日8時間以上、会社で過ごすことが難しい人もいる。経営者側においては、中小企業を中心に、出産・育児で就業を諦めていた女性や、経験値が高い高齢者を採用することで、人材不足の問題をクリアしようとする向きもあるだろう。

「コンプライアンス上の課題やセキュリティ問題、ハッキングのリスクヘッジ等は不可欠であるものの、モバイルPCがあれば、社員がどこにいても自立的に働けますし、コミュニケーションも気軽に取れます。エンゲージメントを高めるには、意欲ある社員の無駄なストレスを減らし、それぞれにとって働きやすい環境を整え、彼らのクリエーティビティを高めることが重要です。これからの時代は、どう環境を整え、どう心理的安全性を担保するか、それが経営者の仕事であり、あるべき姿です」

一人当たりのGDPなどが示すように、日本はもはや経済大国とは言えない状況だ。生産性を向上していくためには、これまでの典型的な働き方を大きく変える必要がある。それは、大企業だけではなく、中小企業も含めた日本全体の命題だ。

「雇用の大半を占めているのは中小企業ですから、その経営者こそが時代に合った組織のあり方を考え、イノベーションを起こしていかなければならない。経営者自身が変わろうという意識を持ち、社員とコミュニケーションを取り組織の最適解を見つけていく。今こそ、勇気を持って踏み出さなければなりません」

それこそが、長期的に強い組織をつくり、強い日本を再構築することになる。

アトラエ
代表取締役CEO:
新居 佳英(あらい・よしひで)

1974年生まれ、東京都出身。上智大学理工学部卒業後、株式会社インテリジェンスに入社。2003年10月現アトラエを設立。IT/WEB業界に強い求人メディア「Green」、AI(人工知能)を活用したビジネスパーソン向けのマッチングアプリ「yenta」、エンゲージメントを定量的に可視化し組織改善を可能にする「wevox」を展開。16年6月、東証マザーズに上場。日本で初めての「全社員に対する特定譲渡制限付株式の付与」、「ホラクラシー組織(階層がなくフラットな組織)の実現」「勤務時間や働く場所を社員の自主性に任せる自由度の高い働き方」など従来の会社組織の枠にはまらない取り組みで、業界内外から注目を集める。

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