生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

子連れ出勤、副業、テレワーク…
「わがままの是」が働き方改革に

このシリーズでは、中小企業の多様性(ダイバーシティ)をテーマに、社会環境が激変するなか、中小企業経営にどんなパラダイムシフトが起こり、私たちの暮らしやビジネスがどのように変わるのかを全6回にわたって読み解いていく。

第4回は、子連れ出勤や副業、テレワークを認めることで、体験型ギフト大手のソウ・エクスペリエンス株式会社(東京都渋谷区)は、離職率を抑えて人手不足の解決につなげている。最初は、代表取締役の西村琢さんの「わがまま」から始まった取り組みに、人口減少社会で中小企業が生き抜くヒントを探る。

文:ライター 熊山准
photo:松嶋愛

スキューバダイビングや乗馬、エステ、ヨガ、高級ホテルでのアフタヌーンティーなど、普段なかなか味わえない非日常の体験をプレゼントできる「体験型ギフト」。2005年創業のソウ・エクスペリエンス株式会社は、その大手として知られる。

西村さんは「もともとはイギリスのビジネスモデルを参考にしただけなんですけどね」と笑いながら明かす。大学在学中、松下電器産業(現パナソニック)のビジネスプランコンテストで出資を受ける権利を獲得した。しかし、最後には、自力で起業する道を選ぶ。わずか1年でソウ・エクスペリエンスを設立した。

「もともと会社をやりたかった。というのも僕は高校生の頃から株式をやっていて、ただ投資するだけでは満足できず、会社をやっている人によく会いに行っていたんです。話してみると、自分で会社を起ち上げた人はみんな楽しそうに仕事しているし、『自分でもやってみたい』と思ったのがきっかけです。後ろ向きの理由は、投資の才能がなかったから。当時はまだ個人投資家が少なくコミュニティも小さかったので、いろんな方に出会えたんですが、なかにはウォーレン・バフェットみたいなすごい人がいるんですよ。その実力差をまざまざと見せつけられて……。『自分は人を集めて何かやるのが得意だからそっちで頑張ろう』と」

事実、西村さんは、大学時代から若い人たちに株式投資を広めるイベントなどを証券会社と開催していた。その後2003年、松下電器産業の学生ビジネスプランコンテストで優勝し、同社からの出資で起業する権利を得た。

「でも優勝したプランがどうも納得いかなかったんです。わがままを言って、1年間、契約社員みたいな形でお世話になりました。その間も働かずに、ずっとプランを練っていた。最終的に提案したものにもNOが出て、上からは『2〜3年のうちに起業できればいいじゃない』と優しい声をかけていただいたんです。だけど、すぐに起業したかったので、ソウ・エクスペリエンスを起ち上げました」

―― ギフト市場に新たなカテゴリー

体験型ギフトを選んだのには理由があった。価値観が多様化するなか「きっと、人々はギフト選びに困っているはず」という仮説を抱いていたからだ。昔から、結婚記念日や退職祝いなどの大きな記念日に旅行商品を贈る文化があったように、他の体験もパッケージ化すればギフト市場に新たなカテゴリーを生み出せるのではないか。

もうひとつの重要なファクターが自身の「体験」だった。

「今でこそビジネスの世界では『モノを売るには体験やストーリーが必要だ』とごく当たり前のように語られています。僕は、学生時代からなんとなく『体験』や『身体性』が大事だなと感じていました。でも、その体験は人から誘われないと生まれないこともあります。実際、興味もなかったレーシングカートに誘われて行ったら、僕もハマっちゃったこともある。自分自身の体験からも、きっと体験型ギフトはいけるなと思いました」

とはいえ、ソウ・エクスペリエンスが話題を集めるにつれ、国内でも競合が次々に生まれたという。

「5年くらい前までは乱立していましたけど、だんだん淘汰されました。と同時に、ここ3〜4年でようやく売上げもたってきて、体験型ギフトが定着してきた感があります。本当に、起業当時はまったく売れてなかったんですけど、やめなくて良かったと思います」

現在、人気のギフトは「エステ」「個室スパ」「アフタヌーンティー」などのご褒美系。法人向けでも、プレゼントキャンペーンや社員の福利厚生にと、数ある体験から好きなものを選べるカタログギフトが好評だという。夫婦やカップルで感動をわかちあえる『FOR2』という2人用体験型ギフトの需要も増えている。

商品開発と同時に、各体験のカタログを入れるパッケージデザインにも、力を入れている。「基本的に権利モノなので、カタチはいらないんですが、やっぱりプレゼントとして手にとって実感できるものがあった方がいいよね、と考えて社内にデザイナーを入れて凝った作りのパッケージを用意しています」

―― オフィスには、子ども用の絵本やおもちゃが

同社のオフィスは、パッケージをストックしておく発送スペースと事務スペースで大半が占められている。ただ、その一角に、絵本やおもちゃで遊べるエリアを設けている。「子どもスペース」だ。

ここは、原則3歳までの子供と一緒に勤務してもよいという同社の制度「子連れ出勤」のための空間。この取り組みは、内閣府の「平成30年版少子化社会対策白書」でも紹介されているほど。ほかにも、副業やリモートワークなど、同社は多様な働き方を採り入れている。

「子連れ出勤に関しては、もともとは社員が5〜10人くらいの頃、僕自身が長男を連れてこざるをえないことがあって。連れてこられないなら休まざるを得ない。『じゃあ、連れてくるっしょ』とやっていたら『私も連れてきたい』と他の社員にも定着しました。副業も、ベンチャー企業だから初期の頃はまともなお給料が払えなくて『足りない分は他で稼ぐっしょ』とOKせざるを得なかった。結果的に社員のためであり、会社がサバイブするためになっていますけど、すべては自分のわがままがスタートなんです」

「自分のニーズは他人のニーズ」と西村さんは話す。子連れ出勤、副業、リモートワークなど多様な働き方を選べる会社にしたことで、社員も地に足がつき、かつ柔軟な働き方ができるようになった結果、有能な人材が集まり、離職率も低下したという。

その具体例のひとつが現在のシステム開発チームマネージャー。最初は他社から引き抜こうとしたものの、あえなく断られた。粘り強く交渉し「午前中だけ、うちで働いてもらう」という条件で話がまとまった。いわばハーフタイムの働き方を認めることで、支払う給料の額を抑え、なおかつ彼のパフォーマンスも得るという形をとった。その勤務形態は2年半続き、現在はフルタイムで勤務してもらっているという。

―― ライフステージに対応できる働き方を

「会社にも波があるし、人にもそれぞれライフステージがあるので、それらに柔軟に対応できる体勢でいた方がいいと思うんです。世の中をマクロで見れば雇用が流動化するのが理想ですけど、ミクロな会社の視点で見れば、やっぱり同じ人にずっと働いてもらった方が絶対的にパワーがある。極端な話ですが、毎日のように社員が辞めて新たに採用している会社と、10年、20年働いている社員ばかりの会社なら、絶対に後者の方が力強いのは間違いないですから」

西村さん自身が働きやすい環境を求め、社員にも浸透した結果、ソウ・エクスペリエンスでは多様な働き方が当たり前になった。ここ数年で注目を集めるようになった人手不足などの問題を解決するカギが、ここにあるのかもしれない。

「ちょっとしたペインというか『仕事したいんだけど、子どもを連れていけない』みたいな声に、『いや、連れてくればいいんじゃない?』と応える。ちょっとしたことなんですが、やっちゃうことって大事。そして、自分に起きている事象は、今を生きる人たちのペインでもあるはずなので、それを解決することは自分だけじゃなくて社員のためにもなるはずです。例えば、『働きたいけど満員電車は嫌だな』でもいいんです。家でできる作業はテレワークでやればいい。社員の年齢を考えると、いずれ親の介護問題も出てきますよね。要するに、今まで日本の社会で『わがまま』と呼ばれて片付けられてきたことを、『わがままは是である』と認めない限り、これからの中小企業はやっていけないんじゃないかなと思うんですよ」

現在、どの企業も社員のロイヤリティを上げて、離職率を下げるため、さまざまな取り組みをおこなっているだろう。しかし飲み会や研修といった前時代的な手立てでは、どうにもならない時代が到来している。

「うちの会社は割とドライで、会社主催のイベントは滅多にやりません。また、代表取締役という立場から社員がどれだけ会社を好きかどうかはわかりません。でも社員同士で飲みに行ったり、遊びに行ったりしているみたいだし、社員がオフィスに友だちや親を連れてきたりするし、新しい採用候補者を紹介してくれたりもする。たぶん嫌な会社ならしないと思うんですよね」

「会社の福利厚生」を考えると、保養施設や有給制度の充実を思い浮かべる人が多いかもしれない。ソウ・エクスペリエンスにも、商品開発も兼ねて社員の体験を半額負担する「軍資金制度」という福利厚生を設けている。しかし、「柔軟に働くことができる」という働き方こそが、現代においての最大の福利厚生になりえるのかもしれない。

ソウ・エクスペリエンス株式会社
本社:東京都渋谷区千駄ヶ谷3-60-5 オー・アール・ディ原宿ビル B1F
E-mail:info@sowxp.co.jp
従業員:70人
資本金:6803万円
創業:2005年
事業内容:モノではなく体験を贈れる体験ギフト事業

代表取締役:
西村 琢(にしむら・たく)

1981年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。 松下電器産業(現パナソニック)が開いた学生向けのビジネスプランコンテストで優勝。
起業する権利を得たが、2005年、自力でソウ・エクスペリエンスを設立した。

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