生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

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「ゆでガエル現象」から脱し、三つの力を研ぎ澄ませ

米国と中国が貿易をめぐって対立し、世界経済に影が差しています。もの作りを支える中小企業にとっても、人ごとではありません。経営者の目の前には、高齢化、人材不足という構造的な問題も横たわっています。どう対応していけばいいのでしょうか。中小企業サポートネットワーク(略称・スモールサン)を主宰する山口義行・立教大名誉教授に話を聞きました。
聞き手:羽根田真智
写真:松嶋愛

――中小企業の企業倒産が減り続けています。東京商工リサーチによると、2018年の企業倒産は前年比2%減で、10年連続で前年を下回りました。

ふつうは景気が良くなると中央銀行が金利を上げ、それによって資金調達コストが上がり、景気が冷え込み、倒産が起こる。教科書的な景気循環です。ところが、ゼロ金利政策のもとでは、中小企業でも金利1%以下でお金を借りられる。この場合、元本部分は、大企業における資本金に相当しますから、必ずしも返済しなくていいお金ともいえます。そこで金利を払っていくわけですが、資金繰りが苦しい場合、金融機関はリスケ(返済計画の変更)します。借入金の返済額が減るため、中小企業は引き続き返済していけます。金融機関の側としては、金利さえきちんと払ってもらっていれば、前述の理由で元本の返済に至らなくても、追加融資できる。金利が低いからこそ成り立つこの環境によって、企業が倒産しない、少し利益があれば生き残れるという現象が起こるようになったのです。

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――倒産件数が減る一方で、休廃業・解散した企業は前年より14%も多く、増加傾向にあります。

資金繰りの問題は乗り越えられても、後継ぎがいなかったり、人材が不足したりしている企業は、休廃業・解散を避けられない。経済学者の視点からみると、企業間競争や整理統合は本来、金利の問題から起きないといけないのに、ゼロ金利政策が続く今は、人材不足や人材育成の問題で行われているのです。

――中小企業としては、どういった対策が必要でしょうか?

重要なのは、今の金利の状態が特殊であると認識し、ぬるま湯につかりすぎた〝ゆでガエル現象〟から抜け出すことです。経営者の中には、ゼロ金利政策しか知らず、なんとなく経営ができている人が少なくない。アベノミクスによる経済のぬるま湯状態の弊害で、ゼロ金利政策に依存する体質が身につき、ボーッとした経営者ができあがってしまっているのです。

――「三つの力」を持つべきだと、よくおっしゃっています。

まず一つは、情報を入手し、正しく「読む力」です。
たとえば、メディアに登場するエコノミストたちがよく口にするのが、「アベノミクスのおかげで景気が良くなった」ということです。しかし、本当にそうでしょうか?

2017年は確かに、日本の製造業の好調さが目立ちました。それを受けてのエコノミストたちの言葉ですが、17年の製造業の好調さはアベノミクスのおかげなどではなく、中国政府が拡張政策を実施し、半導体産業の育成計画を実行に移したことによる部分が大きい。中国による半導体製造装置の爆買いに牽引(けんいん)され、日本の製造業の対中輸出が大きく伸びた。大手1社が忙しくなれば、その下請けも忙しくなる。

ところが、中国需要は2018年に入り失速。私は2017年に製造業が好調だった時期から、「景気動向の分かれ目が2018年に半ばに来る」と予想していました。昨年8月には米中貿易摩擦の影響もあり、中国からの工作機械受注が前年同月比で4割減った。回復の兆しは見えていません。

エコノミストの言葉をうのみにするのではなく、正確な情報を入手し、判断する能力を身につけなくてはならないのです。

これは、世界情勢についても同様のことが言えます。一例として、アメリカの住宅バブルを挙げましょう。アメリカでは1990年代後半から住宅価値が上昇しました。住宅を担保にしてお金を借りられるタイプのローンができ、人々は家を買い、それを担保にローンを組んでさらに家を買った。この影響を受けたのが、自動車産業です。家を買ったら車も欲しくなる。トヨタの車が飛ぶように売れ、トヨタ自動車の下請けは大忙しになり、名古屋は好景気に沸いた。ところが当時、名古屋の経営者たちに聞いても、アメリカの住宅バブルとトヨタの好景気を結び付けては考えていなかった。すでに住宅価格が下落し始め、サブプライムローンが不良債権化していたこともあり、私は「ブームは終わる。『トヨタはまだまだいける』と思って(下請け企業が)設備投資するのはやめるべきだ」と言ったのですが、みんなピンと来ていなかった。その結果、リーマン・ショックの影響をもろに受けたのです。8億円の設備投資をした半年後、売り上げ8割減った下請け企業の経営者を私は知っています。

世界で起きていることが、中小企業にどう影響を与えるのか? 中国、アメリカの動向に限らず、社会の動きが中小企業にとってどういう意味があるのか。それを「読む力」が必要なのです。

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――持つべき二つめ、三つめの力とは、どういうものでしょうか?

二つめの持つべき力は、「問う力」です。
ゼロ金利政策というぬるま湯状態が続くと、このままなんとなくいけそうにも思えてきますが、よくよく考えればまずいということが、たくさんあります。私が近年注目していることの一つに、「技術革新が引き起こす産業構造の変化」があります。自動車業界のEV化はすでに進み始めていますが、これがもっと一般的になると、下請けの構造は大きく変わるでしょう。

また、かつては地図なら地図、辞書なら辞書というように一つの機能が一つの商品だったのが、地図も辞書もスマホに取り込まれるようになり、一つの商品がいくつもの機能を担うようになった。それぞれの機能に関わってきた中小企業は、大きなものに取り込まれ、存在価値を失いかねない危機に見舞われているのです。

常に不安定なのが、現在の中小企業。だからこそ、自分たちがやっていることがどういう意味で支持されており、どういう条件が変わると存在価値が失われる可能性があるのか、常に問い続ける姿勢を持たなくてはならない。その姿勢が次のイノベーションを起こすのです。

私がよく言うのは、「5%の新規性」です。自分たちがやっていることに近いマーケットだけれど、業種や業態が違う。そういった〝隣接異業種〟に対し、資金の5%を投資する。様子を見ていけそうだと思ったら、もう少し投資するのです。

そして、三つめの持つべき力は「つなぐ力」です。中小企業は限られた経営資源でやっているため、自分で全部やろうとしては、うまくいかない。どことどうつながるか考え、リスクをシェアし、コストをシェアし、利益をシェアする。

――足りない部分を他者・他社で補うということでしょうか?

時代の変化が大きいので、自分でなんでもやろうとすると、方向性がちょっと変わるとすぐにおしまいになってしまいかねません。連携して新しい事業に挑戦していくことが中小企業には求められているのです。

そのためには、いつも同じ人や同業者とばかり交流するのではなく、積極的に面白そうな人に会いに行き、人脈を広げていく。いま役に立たなくても、将来につながる可能性があるのです。

私は、中小企業の経営者の「読む力」「問う力」「つなぐ力」を向上させる組織として中小企業サポートネットワーク「スモールサン」を主宰しています。会員の中には短期間で売り上げを大幅に伸ばした人もかなりいます。

マッサージ店を経営する柔道整復師のAさんは、20代後半で入会した当初、1人でなんとか店を回しているような状態でした。ところが私が提唱する「つなぐ力」を聞き、すぐに行動を起こした。他業種である介護用品のレンタル会社とつながったのです。介護する人、介護される人、双方に共通しているのは、肩や腰などが凝っているということ。介護用品のレンタル会社とつながることで、こうした人たちのところに出張でマッサージをとどけることができるようになりました。結果として、売上げは1年で3倍に増えました。

――中小企業を取り巻く環境は、この先どうなるのでしょうか?

未来が明るいかどうかは、分からない。経済が縮小傾向にあることを考えると、厳しくなるかもしれない。しかし、厳しい状況におかれることで、解決策がより明確に見えてくると考えています。

約6億円の累積赤字を抱えた三重県内の総合病院は、その状況を打破するため、考案されたばかりの全科型栄養サポートチーム(NST)を2000年に導入した。それによって褥瘡(じょくそう)や院内感染が激減し、平均入院日数が短くなり、累積赤字が消え、3年目には2億円の黒字になった。生き残れるかどうかの瀬戸際に立たされたからこそ、解決策を見いだせたのです。

私は、経済再生は現場から始まると確信しています。現在のようなぬるま湯状態では解決策は見えてきませんが、この先は違うでしょう。ただし、あまりに厳しい状況になりすぎてからでは、遅い。少しでも早く解決策を見つけることが大事です。

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山口 義行(やまぐち・よしゆき)

1951年、名古屋市生まれ。立教大大学院修了。2001年に経済学部教授、17年4月より名誉教授。専門は金融論。08年に中小企業サポートネットワーク(略称・スモールサン)を設立し、主宰・エグゼクティブプロデューサーを務める。現在、中小企業経営者1600人ほどが加盟している。

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