生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

ラーメン凪、顔認証パスの次なる秘策は脳科学

東京・歌舞伎町に小さな飲み屋がひしめく一帯がある。新宿ゴールデン街だ。この地で「ラーメンBar凪(なぎ)」が火曜日限定の間借り営業を始めたのが2004年。わずか4坪8席の店だった。あれから15年。社長の生田智志さん(41)率いる「凪スピリッツ」(本社・東京都新宿区)は従業員250人を抱えるラーメンチェーンに成長した。「すごい煮干ラーメン凪」と「ラーメン凪 豚王」の店名で、関東を中心に展開。2019年4月19日現在、国内に16店、海外は台湾、フィリピン、香港などに32店を構え、勢いは止まらない。

文:羽根田真智
写真:松嶋愛

モットーは「風のないところに風を起こす」。常に楽しく、新しいことに挑戦していこう。たとえ失敗をしても、改善していけばいい。だから失敗を恐れるな――そう従業員に説き続ける。さまざまなことに取り組む中で、力を入れていることの一つがITの導入だ。

「僕にとって、ITは複雑なことを簡単にしてくれるツール。ITを採り入れることで浮いた時間ができる。それを、僕らしかできないこと、やっていて楽しいと思えることに使えばいい。だから積極的にITを導入していきたい」

最新のトピックは、2018年12月に開店した「すごい煮干ラーメン凪 田町店」での取り組みだ。人工知能(AI)を活用した顔認証システムを導入した。常連さん向けの「顔パス会員」制度だ。8千円で1カ月食べ放題の「ライトパス」、2万2千円で3カ月食べ放題の「プレミアムパス」、1万5千円で14時~22時限定3カ月食べ放題の「タイムパス」がある。ライトパス会員は、1杯830円の「すごい!煮干ラーメン」を10杯以上食べると得する計算だ。

試しにやってみた。券売機の上にタブレット端末がある。まずはタッチパネルでライトパスを選択する。次に個人情報の取り扱いに同意し、ニックネーム、生年月日、電話番号を登録。そして、いよいよ顔写真の撮影だ。タブレット端末に向かい、顔の正面、右斜め前、左斜め前の写真を撮る。最後にラーメンのメニューが表示され、「すごい!煮干ラーメン」を選ぶと、券売機から専用レシートが出てきた。そのレシートと会費を店員に渡せば注文完了。しばらくするとラーメンが運ばれてきた。次回以降は、タブレット端末で顔を撮影すると、キャッシュレスでラーメンを注文できる。

営業部の山下直樹さんによると、撮影時に後列に並ぶ人が画像に映りこんでいても顔認証できるという。ただ、登録時にめがねや帽子をつけていると、それらがない場合、正しく認識されないそうだ。

客にとっては、いちいち財布を出す手間が省けるというメリットがある。だが、生田さんが何より大事にしているのは、エンターテインメント性であり、顧客満足度の向上だ。

「僕らが得意とするのはラーメンの味です。しかし、それ以外の、ほかがやっていないことも採り入れていかなくてはダメ。顔認証というのはアトラクション要素があって、お客様におもしろいと思ってもらえる。常連としての意識を持ってもらえることも大きい。〝常連・VIP感〟を提供できることで、お客様により満足してもらえる」

――「空飛ぶラーメン」に5千万円投資

顔認証システムはAIのアプリケーション開発を手がけるIT企業「エクスウェア」(東京都品川区)と共同開発した。最初にIT化に踏み出したのは2014年で、エクスウェアの支援を受けてタブレット端末を用いたオーダーシステムを開発し、五反田西口店に導入した。麺の硬さや油の量など、客が好みを詳細に注文できる。かかった費用は約1千万円。2015年12月には、大宮店に全自動の配膳システム「空飛ぶラーメン」を導入した。回転ずし店にあるようなレーンでラーメンがつゆをあふれさせることなく、厨房(ちゅうぼう)から客席へ運ばれてくる仕組みだ。総工費は5千万円。

「1杯800円ちょっとのラーメンを出す店としては、なかなかの投資です。正直、高いとも思う。しかし、中小企業の行く末を考えると、上がった利益を投資して、さらに新しいことに挑戦していかないと生き残れない」

空飛ぶラーメンは、エンターテインメント性の高めるねらいがある一方、人材不足の問題を解決する役割を担っている。配膳にかかる手間が減ることで、6~7人で回していた店を、4人で回せるようになった。空飛ぶラーメンは福岡空港店でも導入したが、生田さんは「人員削減が目的ではない」と強調する。

「空飛ぶラーメンのシステムが2人分の仕事をすることで、従業員は空いた時間を、ほかのサービスなどに使える。お客様に新しいラーメンの楽しみ方を示すこともできる。麺のゆで時間にしても、細麺なら何秒、太麺なら何秒というように決め、システム化しているので、従業員の教育期間が短くて済みます」

―― テーブルのQRコードからアンケート

飲食店には、よくアンケートの紙が置かれている。商品開発やサービス向上に役立てるねらいがあるが、集計には手間がかかる。ここにも、生田さんならではのアイデアがある。テーブルにQRコードを貼り、客がスマートフォンをかざすと、アンケートが表示される。ポチ、ポチと答えていけば、その結果はリアルタイムで厨房に伝わる。ラーメン凪の各店舗では、従業員が「いらっしゃいませ」ではなく、「にぼらっしゃい」と言って迎える。これもアンケートの声を参考に始めたものだ。アンケートの結果をみれば、すぐに各店舗の状態が手に取るようにわかり、社員やアルバイトの教育にも役立つ。凪スピリッツは、飲食事業のコンサルティングも手がけており、クライアントには「簡単で早くお客様の声を集められる」と、ITを使ったアンケートの導入を勧めている。

社員には全員、タブレット端末とスマートフォンを支給している。その狙いは「時と場所を超えられるから」(生田さん)。タブレット端末やスマートフォンがあれば、業務報告は音声メールで送信するだけでよく、本社に足を運ぶ必要はない。長時間労働は飲食業界の抱える課題の一つだが、同社はITで残業削減に挑み、成果を上げている。

「身近なものを、できる範囲から」

生田さんがIT導入において心がけていることだ。ITを導入しはじめた当初、なんでもかんでもできる方がいいと、複雑な機能をいくつも入れた。しかし、結果的には使いこなせなかった。それなら機能をシンプルにして、できることからやる。うまくいったら次を考える、というスタンスだ。

―― 大まじめに脳科学で新商品開発

ITは商品開発にも活用されている。ふつうの商品開発ではない。まるで脳科学の実験だ。脳の中で生じる思考や感情は、ニューロン(神経細胞)と連動している。実験への協力を引き受けてくれた客に、ニューロンを測定する装置「アナライザー」を頭に装着してもらう。「好き」「すごい」「面白い」「不快」「怒り」「ストレス」などの感情の変化を、ニューロンの数値から分析する。感情を視覚化することで、どんな人でもおいしく感じ、満足するラーメンや店づくりをめざす。

「同じ辛いラーメンでも、僕たちが期待するのは、おいしさに加えて、お客様の驚き。今までの盛り付けのラーメン、ラー油が入っているラーメン、ラー油の上に唐辛子の山のラーメン、唐辛子がバラバラに載っているラーメン……。どれも味は同じようにおいしくても、アナライザーで測定すると、それぞれのラーメンに対するお客様の驚きや興味度の違うことが数値からわかる。アナライザーをつけた客が、来店してすぐにストレスの度合いが高くなったとします。何が原因かを調べると、『水が飲みたいのにすぐ近くに水のポットがない』ということが分かる。そういったことをひとつひとつチェックしていき、『ウチのラーメンはこれだ、ウチの食べ方はこれだ』というのをつくっていきたいんです」

―― IT活用は僕たちにしかできないことをやるため

かつて、生田さんの考え方は、「社員は自由にやればいい。みんなバラバラでも構わない」だった。創業から6年、爆発的に「凪」のラーメンが売れ、2010年には初の海外進出。ところが海外店の経営にしゃかりきになっている間に、国内で不協和音が生じていた。社員の退社もあり、このままでは会社が潰れると危機感を抱いた。2012年、一念発起して、経営者コンサルティングで高い実績を誇る「武蔵野」の小山昇社長のもとを訪ねた。

「小山さんのもとで、『形』を大事にすることの大切さを学びました。東京ディズニーランドがいい例だと思いますが、形を大事にした社員教育によって、すべての場所で同じサービスを保て、お客様の満足度も得られる。『形』をつくるのに5年ほどかかりましたが、おかげで今は前年比120%の増益です。社長が変わらないと会社は変わらない。そういう意味では、ITを採り入れるようになったのも、小山さんのもとで学び、考えがガラリと変わった頃から。ITが担えることはITが担い、僕たちしかできないことを僕たちがする」

生田さんがめざすのは、ラーメン業界のトップ。これからも「凪」にしかない取り組みを仕掛けていくつもりだ。

株式会社凪スピリッツ
本社:東京都新宿区西新宿7-17-6 第三和幸ビル3階A
電話:03-6304-0399
従業員:250人(2019年4月19日現在)
資本金:500万円
創業:2004年
事業内容:ラーメン事業、飲食事業コンサルティング、飲食商品の開発・販売など

代表取締役社長:
生田 智志(いくた・さとし)

福岡県北九州市出身。中学、高校はテニスに打ち込み、県大会2位に。専門学校に進学後、アルバイト先の豚骨ラーメンチェーン「一蘭」に入社。27歳で退社し、さまざまなラーメン店で修業。28歳で新宿ゴールデン街に「ラーメンBar凪」の間借り営業を始め、行列のできる人気店に。2006年、東京・渋谷で初店舗の「ラーメン凪」を開店。はじめは豚骨ラーメンでスタートしたが、武蔵野の小山昇社長に学び、国内店を全国20種類以上の煮干しを独自ブレンドしたスープに切り替えた。

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