「プロジェクトX」といえば、平成を代表するドキュメンタリー番組だろう。黒四ダム、VHS、ロータリーエンジン……。中島みゆきの主題歌で始まり、再現映像と田口トモロヲの独特のナレーションで無名の人たちが挑んだプロジェクトを熱く描き出す。NHKでこの番組のチーフプロデューサーを務めた今井彰さん(63)に、挑戦する企業の本質を聞いた。
昨年は構想に6年を費やした『光の人』(文芸春秋刊)を刊行しました。この小説は戦後、人生をなげうって戦災孤児たちを救い、彼らの自立を支援した実在の人物をモデルにしています。太平洋戦争で12万人以上の子どもが孤児になりました。彼らは家族を失い、生活の基盤を失ったばかりか、猛烈な差別を受けました。主人公はそんな子どもたちの惨状を見て使命感に燃え、孤児を引き取って彼らに「家族」を与えます。そして、学校に行けず、ろくな仕事につけない孤児たちに事業を起こさせ、自立して生きていく道をつくりました。いわば戦災孤児の「プロジェクトX」です。壮大な愛に生きたプロジェクトリーダーがいたことを忘れないでほしいと思います。
いろいろなところで講演しています。企業のほかに学校関係でも話をしました。経団連でも何回か講演しました。戦後、ソニー、ホンダといった名だたる企業も少ない人数でスタートしました。トヨタ自動車も戦後、経営危機に陥りました。何をもって大企業といい、何をもって中小企業というのか。企業を大企業と中小企業に区別することには疑問を持っています。戦後の混乱期、無数の会社が立ち上がり、過酷な競争の中、無数の企業が消えていったのが現実です。「大企業」は結果の一つでしかありません。経営者には「3カ月先、3年先、30年先……あなたはどの時間軸で生きていますか?」とたずねます。
放送がスタートした2000年はバブル崩壊後、約10年がたっていましたが、相変わらず日本中がバブルの後遺症に苦しんでいました。「日本はもうダメだ、終わりだ」と言って、みんなが自信を失っていたのです。会社勤めをしていた私の知人も自殺しました。でも、日本は戦後、焼け野原になり、資源も何もないのに短期間で復活し、経済大国になりました。その発展を支えたのが中小企業や無名のサラリーマンたちです。日本は本当にダメなのか、すごい力をもっていたはずではないか……。エールを送ろうと思いました。
日本企業の強さの源泉として、よく終身雇用や年功序列が指摘されますが、結局は人。現場に優秀な社員がいることです。会社は一人の社員で変わります。不可能を可能にする事業も、たった一人の使命感に燃える社員や、たった一人の社業を愛してやまない社員の熱い思いからスタートしました。こういう社員は出世や評価に関心がないので、日頃、組織の中で目立ちません。でも、会社が困難や危機に遭遇した時に、強烈な使命感や情熱を持って、想像を絶する努力をし、果敢に挑戦するのです。こういう社員をリーダーに立てたら強いです。
一つのことに向かったとき、日本人はものすごい集中力を発揮します。熱い思いを持った優秀な社員をリーダーに立て、組織を横断したプロジェクトチームを作らせ、個々のメンバーの力をチームワークで最大限発揮させるのが企業の得意とする戦い方でした。バブル崩壊後は、企業もすぐにおカネになるような事業ばかりに目を向けるようになりましたが、日本の経済の活力は、こうした使命感に燃える熱いプロジェクトチームがいろいろな企業で立ち上がり、切磋琢磨しながら困難なテーマ、壮大な課題に挑戦するところにあったのです。
いろいろな人間を集めることです。メンバーは得意、不得意があっていい。全員が優秀なチームは、逆に機能しません。事業を成功に導いたリーダーたちはメンバーの話をよく聞きます。個々のメンバーの資質や職能を尊重し、それを生かそうとするからです。そして、繰り返し、プロジェクトの意義や目標を伝え、チームにモチベーションを与え、自律的に機能させていくのです。経営者や上層部が口や手を出せばチームは機能しません。
ホームビデオの世界規格「VHS」をつくった日本ビクターの高野鎮雄(しずお)さんは、赤字でリストラを命じられたVTR部門の部長でした。そこで窓際族と言われた技術者たちを束ね、研究・開発を重ね、先行していたソニーのベータ規格を打ち負かし、VHSを国際規格にしました。彼は後年、副社長になりましたが、「権力やルールで指示を出しても人は動かない。感動で社員を動かすのが真の経営者ではないか」と話しています。高野さんにかぎらず、実績を残した経営者たちが「社員は感動で働く」といっています。「プロジェクトX」では、スタジオに当時の関係者を呼んで話を聞きましたが、彼らが語る言葉はどれも感動的な言葉ばかりでした。演出では出てこない言葉です。
企業に講演に行くと、満たされていないと感じている社員が多いな、と感じます。待遇の話もありますが、それよりも、会社の中での自分たちの扱われ方に不満を持っているのです。システマチックに仕事が割り振られ、自分が何のためにこの仕事をしているのか、何かこの仕事に意味があるのか、モチベーションが持てない。経営陣や上司から、そのような説明を受けることも、熱い思いを聞かされることもなくなっているのでしょう。自分は必要とされている、信頼されていると実感が持てないのです。逃げ腰で会社や上司につき合っている感じですね。
そうだと思います。無難に過ごしながらも、内心、日本はどこかおかしい、じりじり沈んでいっているんじゃないか。そう思っている人は少なくないでしょう。会社の中でも、危機管理やコンプライアンスが強調され、ささいなことで始末書を書かされるようになり、挑戦する場も逃げ場もありません。経営者は、会社や社業をとんでもなく愛する人材をどうやって育て、挑戦させ、社業を発展させていくのかが問われています。一方、現場の社員には「自分がやりたい仕事は思い切ってやったらいい」と話しています。ハレーションもあるでしょうが、仕事はやりだしたら現場の方が強いのです。
無理に子どもに継がせる必要はありません。情熱や思いを持っている優秀な若手がいたら、その人物にまかせたらいい。それぞれの会社で事情は違うでしょうが、何も挑戦もせず、ずるずる事業を続けても、会社は衰退していくだけです。大企業のトップの方々によく話しているのは、トップの出処進退、引き際の大切さです。これは中小企業の経営者にも言えることでしょう。
1956年、大分県生まれ。80年、NHKに入局、ドキュメンタリー制作に関わる。NHKスペシャル「タイス少佐の証言」で文化庁芸術作品賞、「埋もれたエイズ報告」で日本ジャーナリスト会議本賞、放送文化基金奨励賞を受賞。「プロジェクトX~挑戦者たち~」(2000年3月~05年12月放映)は菊池寛賞、橋田賞を受賞した。NHK退職後は講演と執筆を中心に活動。著書に『ガラスの巨塔』(幻冬舎)、『赤い追跡者』(新潮社)などがある。戦争孤児を救うために立ち上がった実在の人物をモデルに描いた最新作『光の人』(文芸春秋刊)は「ぜひ映画化してほしい」と話す。
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