伊勢神宮の鳥居前町にある創業100年を超える老舗料理店「ゑびや」は、営業戦略づくりにAIをフル活用し、2012年からの6年間で売上高を4.8倍に伸ばした。背景には、「勘と経験」に頼らない、徹底したデータにもとづく戦略がある。
伊勢神宮内宮の参道口に続く、おはらいまち通り。雨にもかかわらず、お伊勢参りの観光客は、ひきも切らない。
「5月以降、店の前を通る人が増えています。おそらく令和効果でしょうね」
そう語るのは、1912年に創業した老舗食堂「ゑびや」の代表取締役、小田島春樹さんだ。平成から令和に変わり、御朱印を求めて参拝する観光客が増えているという。
「ゑびや大食堂」と土産物店「ゑびや商店」を営んでいる。2階の事務所に上がると、IT企業のような雰囲気。もとは物置だったが、改装したそうだ。
応接スペースの大型モニターには、店の軒下にあるカメラで撮影した店先のリアルタイム映像が、左右2画面で表示されている。向かって左側は食堂の店先、右側は土産物店の店先だ。食堂前の映像には、通行人の動きに合わせて数字や英文字、線が表示される。映像から通行人をカウントして人工知能(AI)で解析し、来店者数を予測しているのだ。土産物店前の映像には、店内をうかがう女性の顔が映り、そこに「♀、24」の表示。入店者数をカウントするだけでなく、映像からAIが推測した性別と年齢のデータも集めている。これを使えば、客層に合わせた品ぞろえやオリジナル商品の開発ができるというわけだ。
小田島さんが入社した2012年当時、従業員は42人で、売上高は1億円だった。それが昨年は従業員44人で4億8千万円を上げるまでに急成長した。小田島さんは言う。
「飲食業はもうからない世界。給料は全産業別で最下位。10年以内に消えてしまう店舗が約9割です。最大の原因は、再現性のない勘と経験に頼っていることです」
そんな勘と経験の経営を、データに基づく経営に変えた。データから仮説を立て、実行に移し、その効果を測定して、さらに改善することを繰り返す。
「データを使って店舗を経営する。その考え方を日本中に広め、実践する方が増えることで、飲食の現場で働く人たちが、もっと高い給料をもらえるようにしたい。売り上げ管理などの手間を減らして、もっと接客や商品開発などに時間をさけるようにしたい。そのためにも、当社が作った仕組みを販売し、手伝いをしていきたいと考えています」
2018年、独自開発したシステムを販売する会社「EBILAB」(ゑびラボ)を立ち上げ、全国の約40社が導入している。
ゑびやは小田島さんの妻の実家の家業だ。IT大手、ソフトバンクの人事部に勤務していたが、5年ほど働いて「そろそろ起業するか、ベンチャー企業で働くか」と考えていたころ、ゑびやを手伝ってほしいと頼まれた。妻は一人娘。結婚する時も同じ話が出たが、そのときは断った。だが、今回は義父の体調がすぐれないと言われ、ゑびやを継ぐ決心をした。
当時の店のメニューは郷土料理の伊勢うどんに、カレーライスと天ざるそばなど。よくある食堂メニューだ。店頭に飾られた食品サンプルは、日に焼けて、すっかり色あせていた。隣の店には行列ができているのに、ゑびやはガラガラだった。
日に焼けたサンプルが問題ではないかと考えた小田島さんは、隣の繁盛店を参考にして、自分で料理の写真を撮影。色あせた食品サンプルを撤去したあとに飾った。他店では店先に手書きの黒板が置いてある店が多いことに気づくと、すぐに参考にした。
改善するにつれ、客が増え、売上高も伸び始めた。しかし、このときはまだ確かな手ごたえはなかった。
「私が入社した翌年は、式年遷宮の年でした。お客さまが増えたのは20年に1度の式年遷宮のおかげなのか、店に自力がついたためなのか、全くわかりませんでした。このままでは、よくわからないまま永遠に手を打ち続けるしかないということになります。そこで戦略を効果測定できる仕組みを作ろうと考えたのです」
当時の販売管理は、手作業に頼っていた。開店前に食券の裏側に手書きで連番を記入し、閉店後に残っている食券の番号を確認し、販売数を把握する。それをもとに電卓やそろばんで商品ごとの売り上げを計算し、紙の台帳に記入する。その台帳を見ながら会計ソフトに入力していた。小田島さんも当時はPCでエクセルを使える程度。ITに詳しいわけではなかったが、見かねてエクセルで台帳管理するようにした。
手書きの台帳には、「カツ定食」などのメニューの横に、その日の注文数、合計金額が記されている。その表の欄外に「米12升 残3升5合」の書き込み。炊いたご飯の約3割が余り、大量の“食品ロス”が生じていた。
「来客数や各メニューの注文数を予測できれば食品ロスを減らせるし、人員配置にも無駄がなくなる」
来店客数の予測システム開発の原点は、食品ロスの削減にあったのだ。ただ、手作業でエクセル表に売り上げデータを入力するのは面倒な作業だ。小田島さんは販売データを自動的に管理できる「POSレジ」の導入が不可欠だと考えた。POSレジを導入するには、お金がいる。小田島さんは店の前に屋台を出し、「あわび串」の販売を始めた。冷凍の蒸しあわびを焼いてタレをかけるだけ。バイト1人を雇い、売り出すと、これが大ヒット。初年度でで2500万円超を売り上げた。2014年、POSレジ導入にこぎ着けた。
販売データだけでは、来店客は予測できない。小田島さんは、気温や降水量、伊勢市内の宿泊者数など、約200種類のデータを集め、エクセルに入力。来店数や注文数との関係について分析を続けたが、やはり入力には手間がかかって仕方がない。
「少しでも省力化するために、自社で。RPA(ロボティック・プロセス・オートメーションの略)を開発することにしました」
RPAはPC上で行っている業務を自動化する仕組みのこと。定型的な入力作業、データのコピーや貼り付けなどを自動化できる。小田島さんは、独学でプログラミングを学び、試行錯誤しながらRPAを独自開発した。そこにAIの「機械学習」を採り入れ、予測の精度を上げていった。すると予測精度が90%を超えるようになった。
2017年、AIを活用した来店客数の予測システムはできた。効果は一目瞭然だ。メニュー別の数量を時間帯ごとに予測できるので、スタッフを効率よく配置して料理の準備ができるようになった。コメの使用量を予測できるので、残ったご飯が劇的に減った。食品の廃棄ロスを約7割削減することに成功した。
2018年末、店頭のメニューを表示した看板を一新し、3%値上げした。デザインの制作に300万円、写真の撮影に150万円かけたが、設置から3日後、真新しい看板を外す決断を下した。看板を新しくした後、店の前を通る歩行者のうち入店した人の割合を示す「入店購買率」が、明らかに低下したからだ。「制作に450万円かかりましたが、入店購買率が低下したままの状態が続けば、もっと大きな損失が出ますから」と小田島さん。
ゑびやでは、入店購買率を重要な経営指標にしている。看板を新しくした日の入店購買率は2.56%で、前日の4.94%より2%以上落ち込んだ。前年の同じ日と比べても、やはり2%低い。同じような状態が3日続いたところで、新しい看板を下ろした。
原因がデザインの変更にあるのでは、と考えた小田島さんは、デザインと値段を以前のものに戻した。入店購買率は1%近く回復したが、まだ低い。次に写真も以前のものに戻すと、入店購買率も以前の水準に戻った。結局、もとの看板に戻ったわけだが、さらに試行錯誤は続く。今度は3%値上げした数字に書き換えてみた。結果は、入店購買率は下がらなかった。
「年明けから4カ月ほどかけてPDCAサイクルを回しました。それができたのもデータがあったからですが、おかげで客数の減少を招くことなく3%の値上げに成功しました」
次々に改革の手を打ってきた小田島さんだが、すんなり受け入れられたわけではない。あらゆる場面で義父と意見が衝突した。食材の仕入れ先を変えるなど、改善策を講じるたびに不協和音が生じた。料理人を含め、社員が次々に辞めていった。現在のゑびやは、入社当時とはまったく違う。今いる社員は小田島さんが入社した後に採用した。仕入れ先は自分で探して歩き、三重県産にこだわって新しく開拓した。店のテーブルも尾鷲産の木材だ。
「間違った意思決定で事業を進めるほど、恐ろしいことはない」と小田島さん。徹底したデータ経営が、“第2の創業”を支えている。
有限会社ゑびや
本社:三重県伊勢市宇治今在家町13
電話:0596-24-3494
従業員:44人
資本金:500万円
創業:1912年
事業内容:食業・小売業・商品企画開発
1985年、北海道生まれ。高校卒業後、日本大学商学部に入学。卒業後ソフトバンクに入社、人事や新規事業開発を担当。2012年に妻の実家が営むゑびやに入社、店長、専務を経て、現在は代表取締役。2018年にゑびやで開発したシステムを販売するため株式会社EBILABを設立、同社の代表取締役社長も務める。
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