生成発展 テクノロジーで変革する中小企業の未来

佐田の社長、佐田展隆さん
佐田の社長、佐田展隆さん

お値打ちオーダースーツ
熟練採寸と自動裁断の絶妙

高級品の代名詞であるオーダースーツ。それを1923(大正12)年創業の老舗服飾メーカー「佐田」(本社・東京都千代田区)は、既製スーツ並みの価格で提供している。武器は「工場直販」だ。宮城県と中国にある工場でコンピューターによる自動設計と自動裁断を進め、宣伝にはウェブ広告を活用。4代目社長の佐田展隆さん(44)は、東日本大震災直後には14店舗だった直営店を現在の53店舗に増やし、創業100周年には80店舗にと意気込む。

文:フリージャーナリスト 前屋毅
photo:伊原正浩

オーダースーツといえば、採寸から縫製までを手仕事で仕上げ、1着20万~30万円もする高級品というイメージが強い。店舗には高級感が漂い、入りづらい。ふつうの会社員であれば、「オーダースーツをつくろう」とは思わないだろう。ところが、佐田の展開するチェーン店「オーダースーツSADA」は、初回限定だけだが、「1着1万9800円」を大きく打ち出す。既製スーツと比べても遜色ない値段でオーダースーツを提供している。

通常価格は2万4800円(税抜き)から。生地やオプションなどの違いで価格は変わるが、平均購入単価は3万円強。それでも、ふつうのオーダースーツに比べると段違いに安い。メンズスーツだけでなく、レディーススーツ、リクルートスーツ、ネクタイ、シャツから、プロ野球の千葉ロッテマリーンズ、サッカーJ1の名古屋グランパス、ベガルタ仙台などのオフィシャルスーツまで幅広く扱っている。

―― 秘密はマシーンメイドのフルオーダー

なぜ低価格のオーダースーツが可能になったのか。その秘密は「マシーンメイドのフルオーダー」だ。「採寸はオーダースーツの命です。店舗では、1回の採寸に平均30分ほどかけています」と佐田さん。採寸は人手をかけ、念入りにする。そのための教育は徹底している。未経験者なら1人前になるまでに3年ほどかかるという。

「ヌードサイズを測って終わりではなく、一人ひとりの体形や好みに合わせて寸法を決めていきます。お客様の要望に合わせた正確な採寸をしなければなりません。お客が営業職なのか、飲食店で働くのかで出来上がり寸法は、まったく異なります」

ゆとりのあるスーツを着たいのか、体ぴったりに着たいのか、丁寧にお客から聞き出さなければならない。採寸はまさに「フルオーダー」であり、その後の生産工程に送る大切なデータづくりなのだ。

5万円以上のスーツのデータは宮城県、それより安いスーツなら中国・北京にある工場に通信回線で送られる。そのデータに基づいて最新のCAD(コンピューター支援設計)でお客ごとのオリジナルパターンを起こす。上がり肩・下がり肩、猫背、出尻、O脚といった体形補正も可能だ。

オリジナルパターンを受け取った最新のCAM(自動裁断システム)によって生地が加工されていく。裁断後のミシンによる縫製は人の手で行われるが、1人が1着全部を縫い上げるわけではない。パーツごとに分担して行われるので、1着ずつのパターンは違っていてもパーツとしては同じ作業なので、効率よく正確で丁寧な作業ができる。

中国工場の品質管理は重要で、国内工場で働いていた専門家を中国に派遣し、品質向上に努めた。低価格でも着心地のいい高品質な「SADA」のスーツは、こうした「マシーンメイドのフルオーダー」システムで生み出されている。

―― 債権放棄の条件は創業家の追放

4代目社長の佐田さんがここまで来るための道のりは、決して平坦ではなかった。

大学を卒業すると、大手繊維メーカーの東レに勤めた。家業を継ぐための準備という意味合いがあったわけではない。

「男3人の兄弟で、私は長男でしたが、家を継ぐことが決まっていたわけではありません。『継ぐにふさわしい力の者を選んで渡す』が、父の口癖でした。私が継がない可能性も大いにあったので、だから就職したのです」

ところが、入社から5年目の2003年、「戻ってきてくれ」と当時社長だった父に請われ、佐田に“転職”した。

戻ってみると、会社は年商22億円なのに対して、24億円もの有利子負債を抱えていた。当時の金利は今より高く、利子だけでも年間1億円を払う必要があった。存続していること自体が不思議な状態だった。

巨額の負債を抱えることになった大きな原因は、2000年7月に大手百貨店が倒産したことにあった。売上高の半分は、その百貨店からのオーダースーツの受注が占めていた。それが消えたのだから、経営が火の車になったのも無理はない。

もっとも、当時のオーダースーツは、オーダーといっても「パターンオーダー」が主流だった。生地を選び、すでに決められたパターンの中からスタイルを選ぶもので、どのお客にも満足できるかといえば、そうでもなかった。多くのお客を満足させるオーダースーツの生産体制は、佐田さんがつくりあげた。父が社長時代に導入した自動化ラインを改善し、お客の好みにきめ細かく柔軟に対応できるようにしたのだ。

会社に入った佐田さんは次々に営業改善策を打っていった。入社から2年後の2005年、赤字だった営業損益は黒字になった。その功績が認められ、この年、社長に就任した。

話は、ここで終わりではない。営業黒字になったものの最終利益はほとんど出ず、有利子負債もいっこうに減らない。そんな状況を打破するために、佐田さんは金融機関に乗り込む。債権放棄を申し込んだのだ。利払いを減らさなくては、会社も従業員も幸せにはなれない。交渉は難航したが、最終的には金融機関が債権の85%を放棄することで合意した。

ただし、条件があった。佐田さん親子が自己破産することと、佐田さんが社長の座からだけでなく、会社から去ることだった。父は自己破産した一方、佐田さんは破産を免れた。「自己破産するだけの財産が私にはなかったからです」と、佐田さんは苦笑いする。

―― 社長に復活、起死回生の工場直販

会社を去った佐田さんに、再び“招集”がかかったのは、2011年6月のことだ。東日本大震災で取引先だった東北地方のテーラーが被害を受け、大きく売り上げを減らしていた。企業再生ファンドから派遣された社長は、業績の悪さに音を上げたのだ。

社長に復帰した佐田さんが力点を置いたのは、直販事業だった。それまで売上高の中で大きな割合を占めていたのは、百貨店やスーパーなど大手小売りへの卸売りだったが、損益的には赤字かトントンの商売でしかなかった。直販事業は佐田さんが以前、社長だったときに力を入れ始めた事業だったが、当時は会社の屋台骨を支えるほどには育っていなかった。取引先の大手小売店の仕事と競合するため、社内には遠慮もあった。直販事業に本格的に取り組むまでには至っていなかった。

再び経営のかじ取りを任され佐田さんは、売上高を増やすには直販を伸ばすしかないと腹をくくった。取引先に頼り切る商売では将来性がない、と判断したのだ。オーダースーツの工場直販というビジネスモデルならば、製品在庫を抱えるリスクもない。

宣伝には、ウェブを徹底活用した。楽天市場に出店し、ホームページには「社長ブログ」を載せた。自らユーチューブにも登場。大学時代にノルディック複合で活躍した経験を生かし、スーツ姿で雪山を滑る動画をアップした。スキージャンプにも挑んだが、着地に失敗。派手に転んでしまう。「あれだけ転んでも、これからビジネスミーティングに行けるだけのクオリティーは維持しています」。動画の中で佐田さんはそう語り、体を張って自社のオーダースーツの耐久性と動きやすさをアピールしている。

―― SADAフィロソフィー

ウェブによる宣伝のねらいは、実店舗へのお客の誘導策にある。あくまで実店舗で専門の店員が採寸してこそ、満足のいくオーダースーツを提供できる。だから店舗拡大にも注力するが、やみくもに増やしているわけではない。

「銀座に店舗があったところでコストが高くつくだけです。大事なのは採寸の技術で、家賃はムダだと思っています」

東京都内の大半の店舗は、ビルの2階以上にある。本社近くの1号店は1階の路面店だが、東京・神田の繁華街からは離れた場所である。そんな目立たない場所にあっても、「一度、オーダースーツをつくってもらえば、その良さは実感してもらえます」。

2023年には創業100年を迎える。「長寿企業になるためのSADAフィロソフィーを確立したい」。大きな節目へ向けた佐田さんの思いだ。

株式会社佐田
本社:東京都千代田区岩本町2―12―5 早川トナカイビル5F
電話:03―5809―2273(本社営業部)
従業員:342人(2019年6月末現在、国内のみ)
資本金:1億円
創業:1923年
事業内容:紳士・婦人オーダースーツの製造、卸、販売

代表取締役社長:
佐田 展隆(さだ・のぶたか)

1974年、東京都杉並区生まれ。一橋大学経済学部卒業後、東レに入社して、テキスタイルの営業などに従事。2003年に家業の佐田に移り、05年に社長就任。07年に会社を再生ファンドに譲渡し、08年に退社。11年に再び呼び戻され、12年に社長復帰。高校まではサッカー部、大学時代はノルディック複合選手として活躍。自社オーダースーツのPRのため、自社スーツを着てスキージャンプや富士山登山、東京マラソンなどにチャレンジしている。

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