「三人寄れば文殊の知恵」ではないが、荒川沿いにある金属加工の町工場3社が手を携え、新しいモノづくりに挑戦している。プロジェクトの名前は、「東京町工場 ものづくりのワ」。それぞれの強みを生かし、1社では難しかった付加価値の高い製品を受注しようと奮闘している。
プロジェクトの発端は、この「生成発展」でも紹介した今野製作所(東京都足立区)の代表取締役、今野浩好さん(57)だ。溶接の講習会で、西川精機製作所(東京都江戸川区)の代表取締役、西川喜久さん(54)、エー・アイ・エス(AIS、同)の代表取締役、石岡和紘さん(52)と知り合い、勉強会や交流会で親しくなって話を重ねるうち、両社とも若手の育成で悩んでいることがわかった。まずは3社合同で技術講習会を開催。若手だけでなくベテランの職人にも参加を呼びかけたが、最初のころはベテラン職人が「自分の技を他社の人間に見せたくない」と消極的だった。しかし、次第にベテラン職人が他社の若手にまで熟練の技術を教えるようになった。今野さんはその変化ぶりに驚くと同時に、「人材育成以外でも連携が可能かもしれない」と直感した。
2013年、3社でプロジェクト「東京町工場 ものづくりのワ」をスタートさせた。3社は板金、切削、溶接などの金属加工を得意とする点では共通しているが、扱う製品分野は違っていた。「手間をかけずに高付加価値品をつくる術を身に付けないと、中小企業は倒れてしまう」という危機感のもと、各社が経験とノウハウを持ち寄り、ワンストップの高度なものづくりを実現することをめざした。
最初に着手したのは、今野製作所で取り組んできた「業務プロセスの見直し」と「生産管理システムの開発」だ。今野さんは理由を説明する。
「中小企業の連携は良いことだと言われます。しかし、連携すれば必ず生産性が向上するわけではありません。それぞれの社内の情報の流れに問題があるのに、そのままの状態で3社が集まれば、かえって生産性が悪くなってしまう。社長たちが『連携するぞ!』と盛り上がっていても、現場では仕事がうまく流れずに挫折する。そういう例をたくさん見てきたので、まずは業務プロセスの見直しと生産管理システムの開発から始めることにしました」
要するに、連携効果を発揮するためには、“土台”をそろえておく必要があるのだ。AISの石岡和紘さんは、今野さんから聞いた業務プロセスの見直しに魅力を感じていた。
「1人の社員が休んだだけで業務が止まることがよくありました。今野さんに『問題を解決するには、業務プロセスの見直しが必要だよ』と言われ、ぜひやってみたいと思いました」
人手が少ない中小企業では、「これは○○さんの仕事」と一人の社員に業務を任せっきりにしていることが多々ある。例えば、製造だけでなく、設計や部品調達も担当しているAさんが休んだ時、同じ製造現場のBさんにAさんの仕事すべてを任せても、製造以外の仕事はBさんにできるはずもない。Aさんの果たしている役割(機能)を分解し、担っている仕事を切り分けたうえで、それぞれの専門の社員に振り分ける必要がある。
そこで石岡さんは気づいた。「技能継承も同じではないか。ベテラン社員が果たしている機能を明確にしてから、機能ごとに技能を継承すればいい」
業務プロセスの見直しには、まずそれぞれの社内で取り組んだ。その後、各社の結果を持ち寄り、3社合同で結果を分析し、議論した。その効用を今野さんは語る。
「他社のプロセスや課題を見ると、自社の課題が見えてくることがありました。ほかの会社のことは冷静に見ることもできる。『AISさんはここが素晴らしいね』という他社の優れた点も分かり、とても参考になる」
石岡さんは3社で取り組んで良かったと思っている。
「自社だけで業務プロセスを見直すとダメな部分ばかりが目について、落ち込んでしまう。でも、3社でシェアすると、自社の強みにも気づくことができました」
生産管理システムの開発も、共同で取り組むことの利点は大きかった。
「顧客から製造状況について問い合わせが入ったとき、その場で端末を確認しながら回答できるようになりました」と石岡さん。以前は繁忙期になると、問い合わせの電話を受けた事務員が工場に行ったきり、30分ほど戻ってこないことがよくあった。事務所に置いてある受注の一覧表を見ても、進行状況がわからないからだ。現場に足を運び、どの工程に仕掛かり品があるかを突き止めなければならない。さらに現場のホワイトボードに書かれている進行状況を見て、今度は後工程の現場へ行き、担当者にヒアリングして完成のメドを確認しなければならなかった。
「受注件数が2、3倍になると、ホワイトボードを使った管理では対応不能になることが分かっていました。ただ、システム会社に開発を依頼すると、1千万円以上もかかってしまう。このプロジェクトに参加できて本当に良かったと思っています」(石岡さん)
生産管理システムの開発を共同で実施することで、1社当たりの負担額を低く抑えることができた。さらに中小企業振興公社の助成事業にも採択されたので、開発費の半額を補助金で賄うことができた。
生産管理システムを導入したことで、想定外の効果が得られた。社内のコミュニケーションが良くなったのだ。石岡さんは言う。
「IT化すると社員同士の直接のコミュニケーションが希薄になるのではないかと心配していましたが、実際には逆でした」
生産管理システムによって、会社全体の受注状況だけでなく、それぞれの工程で取り組んでいる作業状況がリアルタイムで「見える化」し、簡単に確認できるようになった。それによって社員の意識も変化した。
「以前は目の前にある仕事のことしかわからないので、やらされ感がありました。ところが、見える化が実現すると『自分たちで何とかしよう』という意識に変わり、各工程間のコミュニケーションが増えました。各工程がお互いの工程を理解し、助け合う雰囲気が生まれたのです。職場での会話といえば仕事と関係ない話題ばかりでしたが、今では仕事について話をしていることが多いですね」(石岡さん)
システムの開発は、今野製作所の場合と同じく、法政大学デザイン工学部の西岡靖之教授から指導を受けた。まず簡単なアプリケーションをつくって、実際に現場で使いながら改善を重ねていく手法だ。社員からは「この機能を追加したい」という積極的な要望が出るようになった。現場の問題点を自分の頭で考え、解決方法を見つけていく「カイゼン」の考え方が自然と社内に浸透していった。今野さんは、こう評価する。
「システムを育てている感じがあります。業務を改善したら、それに合わせてシステムも手直しする。業務を改善しながらITも改善していく。まさに『ITカイゼン』です。システムを導入したころは『絶対に使いません』という社員もいました。データの一部が消えてしまう不具合もありました。そうした困難を乗り越え、辛抱強くコツコツと続けていくうちに、気がついたら様々なことができるようになっていました」
現在は今野製作所を中心に、生産管理システムで画像データも管理できるようにする開発を進めている。製造のプロセスを記録した動画や手書きの図面などの画像データを残せば、同じ製品を追加で受注したときに参考になるだけでなく、技能伝承にも役立つからだ。今野さんは言う。
「社員は作業者ではありません。職人です。職人は自分で判断してモノをつくる。だからこそ、職人がもつノウハウや技能の伝承が難しいのですが、製造プロセスを記録した画像データを生産管理システムにひも付けることは、技能伝承するうえで有効です。なぜなら、ひも付けることで画像データの検索が容易になり、必要なときに活用できますから」
ITという道具を使うことで、伝えにくい職人のノウハウや技術が、会社の枠を越えて共有されていく可能性がある。「ものづくりのワ」は、それぞれが長年かけて培ってきた経験と強みを生かし、「金属でこんなものはつくれますか?」という注文に素早く応えられる態勢を築きつつある。
株式会社今野製作所
本社・東京工場:東京都足立区扇1-22-4
電話:03-3890-3406
代表取締役:今野浩好
従業員:37人(2019年12月末現在)
資本金:3020万円
創業:1961年
事業内容:油圧機器事業、板金加工事業、エンジニアリング&サービス事業、福祉機器事業
株式会社西川精機製作所
本社:東京都江戸川区中央1-16-23
電話:03-3674-3232
代表取締役:西川喜久
従業員:8人(2019年12月現在)
資本金:1千万円
創業:1960年
業務内容:プリント基板自動めっきライン用の治工具および付随する工場設備、産業用設備機材、各種機械加工部品、医科学用研究機器などの製造・販売
株式会社エー・アイ・エス
本社:東京都江戸川区西瑞江4-15-15
電話:03-5879-9802
代表取締役:石岡和紘
従業員:16人(2019年12月現在)
資本金:1千万円
創業:2000年
業務内容:精密板金加工
1962年、東京都北区生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、大手工業用ゴム部品メーカーに入社、管理部門で10年間働く。96年、父親が経営する今野製作所に入社。2004年に代表取締役に就任。13年に協働によるものづくりをめざし、「東京町工場ものづくりのワ」を結成。
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