火事で工場が焼けた。借金が残った。たった2人での再出発。どん底から浜野製作所が見つけたビジネスモデルが、少量多品種の短納期生産だ。取引先は4社から4800社に増えた。高い技術力と自由な社風が、多くのスタートアップ企業の起業家たちを魅了し、呼び寄せている。
工場が火事で焼けたあとの資金繰りは、中小企業向けの公的融資でしのいだ。1年間、返済を猶予してくれる東京都の融資制度だ。1年後に返済できるだけの売り上げを確保できれば、会社は持つかもしれない。光が見えた。
当時の浜野製作所は、売上高の9割を依存する半導体関連メーカーのほか、3社との取引があった。いずれも零細の下請け企業で、追加発注は見込めない。1年後に借金を返済するには、取引先の拡大が急務。大手メーカーに勤務する大学の先輩に相談すると、下請けの部品メーカー4社を紹介してくれた。
すぐに営業に回った。大手メーカーの紹介だから、どこも最初は会って話を聞いてくれた。しかし帰り際、「浜野さんみたいなプレス屋さんとは、7、8社、ずっと取引いただいているので、なかなかね」と、やんわり断られた。再び訪ねると、はなからはっきり拒否された。3度目はアポイントの電話すら取り次いでもらえない。行ってみたら、居留守を使われた。めげずに夜討ち朝駆けして訪ねていると、「こんちは!」とあいさつするだけで手ぶりでバッテンをされるように。それでも通い続けた。
ある日、いつものように事務所の玄関先で、「おはようございます!」とあいさつ。すると、いつもはバッテンするはずの担当者が手招きしている。後ろを振り向いたが、だれもいない。「これ急ぎなんだけどさ、できるかい? 特急品で1回こっきりの仕事だけど」と持ちかけられた。納期は2週間後。「ぜひやらせてください」と引き受け、少しでもインパクトを与えようと、1週間で納品した。「へえ」と少し驚いた顔をされた。翌日、担当者から「相談がある」と電話がかかってきた。また急ぎで1回だけの注文。納期は10日間だったが、5日後に納品した。今度は「ほうっ」という顔。そんなことが4、5回続いた。
相当に急ぐ注文だったようなので、夜11時ごろだったが、先方に持って行った。事務所に明かりがついていた。担当者がまだ残っていた。「すごく急ぎだって言うから、仕上がり次第、お持ちしました」。これまでカウンター越しでしか話したことのない担当者が、初めて事務所の中に招き入れ、コーヒーをいれてくれた。
担当者は悩みを打ち明けた。下請けはどこも量産の安定した仕事を欲しがる。面倒な短納期の1品ものは、効率が悪いからやりたがらない。発注しても、ことごとく断られる。つい1週間前には、若手社員が短納期の1品ものの発注を30年来のつきあいがある下請けに相談。「お宅の部長と課長から頼まれた仕事を全部ほったらかしてもいいのなら、その仕事を入れてやる」と断られた。それに比べて、浜野さんは「おはよう」「こんばんは」と気持ちのいい声であいさつし、無理難題を頼んでも、2週間といえば1週間で仕上げ、急ぎは大変だろうと夜更けでも納品してくれる……。
「最後には『便利屋的に使ったら申し訳ない。継続的な仕事を少しずつ頼むからお願いするよ』と言われました。先輩に紹介されたほかの3社も、業種は違えど同じようなことで困っていた。ここを切り崩せたら仕事がもらえるかもしれないと、最初の頃は徹底してやりました。新しい顧客とのご縁をつなぐには、少量多品種が一番入りやすい。うまくいけば、継続して量産の仕事をくださいと言えますから」
1年後、新規の4社から、それぞれ月々200万円ほどの仕事をもらえるようになった。融資を返済できる元手もでき、危機を乗り切った。
浜野製作所の経営理念は、「おもてなしの心を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢(自己実現)と希望と誇りを持った活力ある企業を目指そう!」。これは火事の教訓から生まれた。取引先、従業員、地域の支えで苦難を乗り越えたからだ。しかし、「火事が結果としてよかったのか」と問われると、答えは「NO」という。
「確かに火事でたいへんな思いはしましたが、会社が変わった大きなきっかけは別のところにあります。30代後半から40代にかけて、一橋大学の先生について、いろんな地域の工場を見学しました。そこの経営者たちから、いろいろなことを教わった。会社が成長する実務的な面では、最も大きかった」
浜野さんが師事したのは、一橋大学商学部の関満博教授(現在は名誉教授)。中小企業研究の第一人者で、東京都墨田区の若手経営者らを集め、「フロンティアすみだ塾」を運営している。浜野さんは当時、塾生ではなかったが、友人の紹介で関さんと交流するように。工場視察に同行すると、見学では社長が説明するグループに入り、質疑応答では目立つ赤のジャンパーを着て最前列に座って、真っ先に手を挙げた。見学を重ねるうちに、自分の工場との違いが気になった。生産ラインの配置、貼られている記号のような貼り紙の意味……。質疑応答の時間内では疑問が解けず、夜の懇親会でも熱心に耳を傾けた。
視察先の経営者らは、重要なことを惜しげもなく教えた。売り上げデータを見せながら経営戦略を教え、ある経営者は心構えを説いた。教育制度や評価表、賃金テーブルがしっかりしていなければ、社員は成長しない。悩んでいたことにヒントをくれた。10年の間に東京、岩手、新潟、島根と全国各地の中小企業を回った。
「経営者として一番勉強しなきゃいけない時期、全国の経営者たちが先生になって、オヤジの代わりにいろんなことを教えてくれた。それを自分の会社で実践してきたわけです」
少量多品種を短期で納入するビジネスモデルを支えたのは、浜野さんと金岡さんの労働力。睡眠時間を削って働いたが、限界がある。仕事が増えるなか、従業員の採用に乗り出し、知り合いに頼んだり、ハローワークで募集したりした。履歴書に「溶接15年、金型20年」と書いてあれば、面接5分で即採用。しかし、長続きせず、3人が7人に増えても、すぐに3人に戻った。
職人の技やコツを一覧表にできないか。そうすれば、辞めたとしても技術は残る。職人たちに話したが、相手にされない。そこで、大学生を工場に呼んだ。職人たちと会話するうち、属人化していた技術や情報が言葉になり、一覧表ができてしまった。最新鋭の工作機械や情報システムを積極的に導入し、少量多品種、短納期は浜野製作所の強みになった。
毎年夏、インターンシップの学生30人ほどを受け入れている。東京、一橋、早稲田、慶応、上智などの大学生や、全国各地の高等専門学校の生徒らが参加する。この参加者の中から新卒採用を決めている。2019年春は、高専卒が2人、早大法科大学院卒が1人、入社した。新卒採用を担当するのは、入社2、3年目の社員たち。大学生、高専生は浜野製作所の何に魅力を感じているのか。浜野さんは言う。
「自由度が高い。こういうことをやりたいなと思っている子が、大企業ではなかなかできないが、浜野製作所であれば実現できるかも、と思うのではないか」
社員には30代で会社を立ち上げろと促している。「浜野製作所の社員としてやるのか、自分で起業してやるのかは、大きな問題ではありません。独立して活躍してくれたら、最終的にうちの会社の幅も広がって楽しくなるはず。従業員の独立を企業側が阻止する話を時々聞きますが、そんな堅いことを言わず、みんながやりたいことをやって手を携えてハッピーになれたらいいのではないでしょうか」
浜野製作所には若い起業家が相談に訪れる。社内にインキュベーション施設「Garage Sumida(ガレージスミダ)」があるからだ。2014年に設立した。支援したスタートアップ企業がすごい。コミュニケーション型ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発した「オリィ研究所」や、次世代型電動車椅子、パーソナルモビリティーで知られる「WHILL(ウィル)」、羽根のない風力発電機の「チャレナジー」、次世代ドローン開発の「エアロネクスト」……。浜野さんによると、2017年1月号の「Forbes JAPAN」誌で「日米厳選 世界を変える!スタートアップ100選」に選ばれた企業のうち、11社の製品開発に浜野製作所が絡んでいるというから驚きだ。
町工場が集積する東京は、人件費や土地代が高く、騒音の問題もある。ものづくりの場所としては最悪に近い。何も変わらなければ、海外の生産拠点に太刀打ちできないが、浜野さんは信じている。
「東京は高度な情報が集まる都市。その強みを最大限に活用して先進的なものづくりに挑戦したい。そう思って作ったのがガレージスミダ。ベンチャー企業に場所を提供し、サポートする。すると、つきあいのなかった業種の企業やベンチャー企業から、さまざまな問い合わせを受けるようになった。目線や枠組みを変えれば、東京独自のものづくりができるのではないでしょうか」
株式会社浜野製作所
本社:東京都墨田区八広4-39-7
電話:03-5631-9111
従業員:48人(アルバイト・パートは含む)
(2019年4月末現在)
資本金:2千万円
創業:1968年
事業内容:各種装置・機械の設計開発、精密板金加工・レーザー加工、金属プレス金型設計・製作、ラピッドマニュファクチャリング(3Dプリンター・レーザーカッター・CNC加工・UVプリント・3Dスキャン・3Dデータ作成)など
1962年生まれ。東海大学政治経済学部経営学科を卒業し、東京都板橋区の精密板金加工メーカーに就職。93年、父の死去に伴い、浜野製作所を継ぎ、現在に至る。電気自動車「HOKUSAI」、無人深海探査艇「江戸っ子1号」など産学官連携のプロジェクトを手がけ、子どもたちの体験学習や、異業種とのコラボレーション企画を展開するなど、町工場の新しいビジネスモデルの創出に取り組んでいる。
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